2011年03月10日

たまにはこんな日も

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先日 オープンカフェでお茶をいただきました。
みなさんからのたくさんのコメントを思い出しながら。

記事にすれば きっとみなさん心配するだろうと思いました。
でも、私は自分史の中の事実として、思ったことは記しておこうと
そう思ったのです。
別に簡単に生きることをあきらめるつもりはないのですが、
いつ何が起こるかわかりませんし…

来月からは大学病院に転院。
ひょっとしたら治験協力依頼もあるかもしれません。
私は、治験にはなるべく協力しようと思っています。
それで、今後私のような辛さを味わう人が減るのなら
それでも私が生きてきた意味もあるものです。
こんなに薬漬けの身体ですから、臓器はあまり役に立てそうもないし…

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カフェでお茶を飲みながらいろいろ考えたり
1日の終わりをおいしいお茶で終わらせること

考えてみれば3年前までは、日常のことでした。

それが今ではほとんどなくなってしまいました。

一太郎さんと一緒に いろんな場所にでかけて
同じものを見て くつろいで…
今 同じことを二代目のわんたろさんにしてあげられないことが
なんとなく残念です。


これから少しでも病状がよくなって
あちこちに出かけられるようになったらいいなぁ…

それよりも何よりも
こうやって外の空気にふれながら
おいしいお茶をいただくということが
私にとって 本当はいちばんのリラックスなのかな…

そんなことを考えました。
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2011年03月07日

涙の訳

本当に久しぶりの更新です。
春になったら、また昔のように更新しても
大丈夫かなぁと思ってもいますが、
まだ少し怖い部分もあります。

元からの事故の後遺症だけでも辛かったのに
ストーカー事件に巻き込まれて
このブログも、なかなか自由に更新出来ない日々が続いていました。

もうすぐ一太郎さんの一周忌が近いのもあって
心が沈むことがあります。
いつも一緒だった一太郎さん。
事件のときも、身を呈して守ってくれた一太郎さん…
二代目は当たり前のように私の傍にいてくれて
まるで初代の教えを守っているかのようですが、

それでも、私は一太郎さんを思い出します。

決して二代目の一太郎さんが頼りない訳ではありません。
ただ、多分 私の病気が少し芳しくないから
それで思い出すのかもしれません。

日に日に自由がきかなくなっていく身体には
大量の薬が必要で、
時々、東京にいた頃のように、
医療用麻薬に頼り切ってしまった方がどれだけ楽かと
そんなことを考えるようになってしまいました。
1日 また1日と日々を送るにつれて
最近は悪化をたどっています。
4月からは大学病院への転院も決まりました。

今 私ができることといえば
初代 二代目への感謝の気持ちとして
初代宛に頂いたおやつやごはんのお供えを
定期的に愛護センターに寄付することくらいです。

PTSDの再発 左側頭部から肩にかけての筋肉の硬直
だいたいの闘病者は一度は思うことですが、
何のために生きているのだろう
そう思いはじめました。

自分の貯蓄だけでは生活も危うくなり
両親に頭を下げました。
自活出来ていたのができなくなるという屈辱。
そして、
「お金を出してあげてるんだから言うことくらい素直に聞きなさい!」
という両親の言葉。

今の私は 生きているのではなく
もはや 生かされているのではないのかとさえ錯覚してしまいます。

生きているのは意味があるから
前に進もうと励むから
だけど 今の私は このままだと親の言いなりにならざるを得ません。
やりたいことも思う存分できず、ただ生きているだけ
それでも 私は生きているといえるのでしょうか?

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今日、初代を天国に送ってもらったお寺の本堂に
しばらくお祈りをしていました。
二代目の一太郎さんも一緒でした。

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ふと見ると
一太郎さんは涙をこぼしていました。
私との生活が苦痛なのかもしれません。
もちろん初代と比較したことなどありません。
今の一太郎さんは、とても私の支えになってくれています。

でも両親は言います。
「もっといいところにもらわれていたら
たくさんいろんなところに行けただろうに
わんたは可哀想だね…」
私も胸が痛みます。

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最近 私はどこに逃げて
どこで教えを乞うたらよいのか
そればかりを考えている気がします。

私の身体のためには一太郎が傍にいて
焦らせないようなプレッシャーを与えないような環境が
いちばん精神的だけでも楽になれるそうです。
精神的に楽になれば、自ずと身体のことも考えられるのだそうです。

周囲に理解されない苦しみと
国や行政の助けもない不安の中
一太郎さんが流した涙の意味をすこし考えてしまいました。

一太郎さんは もっと普通のしあわせな家庭に行きたかったのか…
それとも
どうにもならない歯痒さ故の涙だったのか…
私にはわかりません。

そしてまた 私自身も思うことがあります。
九州に戻って、劇場を立ち上げた時点で
私の生きている間のお役目は終わってしまってのではないのかと。
それをだらだらと生きながらえているから
病状は悪化し、両親にも迷惑をかけ、一太郎を悲しませている…
そんな気がしてならないのです。

私の生きているにあたってのお役目
まだあるのかなぁ…
あるのなら それは何だろうなぁ…
今日は真剣に考えてしまいました。
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2011年01月09日

大事なパピー君

久しぶりの更新です。

私の体調の悪化で、ずいぶん更新をお休みしていました。

パピー君がもういよいよダメかもしれません。
私は夜間救急病院にでも連れて行きたいくらいでしたが、
高齢のため、それはいいよと両親に言われました。

パピー君は埼玉県春日部市出身です。
アメショーとノルウェージャンのハーフとして
ブリーダーさんのところで産まれました。
私はそれを「猫の手帳」で、知りました。
上京して1年。どうしても傍にいてくれる猫が欲しかった…
書類選考のあと面談を経て パピー君の命を家族にすることができました。

ぱぴーと私.jpg

それから
そんなに辛いことも、うれしいことも
ずっと一緒に経験してきました。

ちっちゃいぱぴー.jpg

関東から関西への引っ越しの時
次の仕事がジャニーズだったということで、
留守番はかわいそすぎると
両親がパピー君をかわいがることになり
実家のネコになりましたが、
機会あるたびにパピー君のことは気がかりでした。

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うれしいことも悲しいことも
ずっと一緒に過ごしてきました。
初代の一太郎がきてからも
姉御として一目置かれていました。

産まれてことして18歳。
そろそろ覚悟がいる時期だということはわかっているのに
いざ 夜に電話がかかってくるとずきんときます。

多感な時代をずっと見つめ続けてきて
すべてを知っているのは パピー君だけです。

パピー君の危篤…
いつかは訪れる瞬間ですが、やはり言われると
どうしようもなくなります。

今夜は実家で両親の愛情の中過ごすことを
両親は選択しました。
もし、明日まで生きていたら、救急外来に連れて行くつもりです。

命あるものはいつかは尽きる…
ましてパピー君は
初代一太郎のような不慮の死ではなく
神様からのお迎えがそろそろなのかなぁという年齢です。

私を見つめてきて18年。
パピー君がいてくれてたから、仕事ががんばれた
あの頃はそうでした。

どうか どうか
無事に朝を迎えられますように…
二代目と一緒に祈っています。
posted by Shara at 23:38| Comment(2) | TrackBack(0) | Best Partner | 更新情報をチェックする

2010年12月01日

桜紅葉

すいぶん記事更新をしていませんでした。
時折コメントやメールを頂いていましたが、
なかなかお返事をする元気もありませんでした。

記事を更新しない間にいろいろなことがありました。
私は新たに引っ越しをして、一太郎さんの遺骨と遺影を飾り
それからすぐに、長期ツアーに出かけました。

もちろんボスの勧めもあったのですが、
今はただ、無心に仕事をしたかったというのが
正直なところだったと思います。

過酷なツアーではすれ違いも多く、
心身ともに疲れ果てて、極限の睡眠時間と緊張を
どうやったらうまく伝えられるだろうと悩んだりもしました。


一端夏のツアーが終わり、一太郎さんの血筋のコが
一太郎さんの四十九日に生まれたということでブリーダーさんのところに会いに行きました。
背中に星印を背負った小さな男のコ。
柄の出方も初代そっくりでした。
これは何かのご縁であると思って、二代目として迎えました。

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これは去年の一太郎さんの姿です。
さわやかで堂々としていて貫禄もあります。

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これは生後半年の二代目の写真。
まだまだ初代には及びませんが、ヒトに対する心配りは
初代同様とても長けていると思っています。


ばたばたのうちに 先代と撮影した最期の写真の大桜は
桜紅葉となり 美しくたたずんでいました。
その写真を撮ることもできないまま
仕事に追われてカメラに収めることもなく終わってしまいました。


夏から今まで 本当に時間のゆとりがない私
それでも季節は確実に過ぎていって
二代目の成長も著しく…

毎年ご贔屓の現場に連れて行っても
誰も初代が亡くなって、二代目が仕事始めということが
わからないくらい場慣れしていました。
血筋かもしれません。

春の桜の花 秋の紅葉桜
どちらも散り際が潔く、
なんとなく 先代の生き様を彷彿させる印象がありました。

二代目もがんばって仕事を覚えようとしています。
どうか このまま
素直にまっすぐに ヒトを疑うことなく育ってくれれば…
私は二代目一太郎にそう願ってやみません。

桜の花も 桜紅葉も
その散り際が潔く、
ひょっとしたら 潔くこの世から離れてしまうのかと
心配する部分もありますが
それでも一太郎が大好きだった桜の花

これからも 最期に撮った写真のあの桜を
これからも見つめていこうと思います。
二代目一太郎と一緒に…

二代目もご贔屓によろしくお願いします。



二代目一太郎の記事
一太郎日記http://ameblo.jp/one-taro-diary/

また少しずつ更新します。
おやすみなさい…
posted by Shara at 23:50| Comment(4) | TrackBack(0) | I think so… | 更新情報をチェックする

2010年05月05日

ジャスミン



久しぶりに入る仕事は、なかなか身体が追いつかず
よくこんなことを毎日毎日繰り返していたなぁ…と痛感。
それでも、滞りなく終了し、今日は惰眠をむさぼっています。


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先日、夜中に近所のコンビニまでおつかいに行きました。
夜にコンビニに行くときは、いつも一太郎さんが一緒でした。
ひとりで歩くコンビニまでの道。
そんなに遠い道のりではないけれど、
やはり、一太郎さんがいないのは心細く感じました。

ふと気づけば、ジャスミンの香り。
道の脇の生垣には、ジャスミンが満開で、
とてもかぐわしい香りを放っていました。
一太郎さんがよくジャスミンに興味を示していたのを思い出しました。

一太郎さんは花が大好きで、
道々の花々の匂いを嗅いでは 遠くを見つめるような
そんなしぐさをしていました。
それは、ぱいぬ島でも同じことで、
ハイビスカスやブーゲンビリア
いろんな花々に顔を突っ込んではくんくんしていました。
ジャスミンは香りが強いせいか、
顔を突っ込んでは
「ぶしっ……」
と くしゃみをしていました。

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好奇心旺盛だった一太郎さん。
友達の匂いを嗅ぐのも大好きで、
相手が呆れるくらいでした。

そして、それは道々の花々にも同じことで、
花に立ち止まっては くんくんと匂いを嗅ぎ、
気に入ればずっとそこに居続けるという始末。

そんなことがあったなぁと
一人夜道を歩きながら思っていました。
そうして、一人で歩いていると
足元を見ることが本当になくなったなぁということに気づきました。

一太郎さんと歩くと、道々足を止め、
その足元に何があるのかを見て、
季節の移り変わりやちいさな生き物を見つけては
なんとなく得をした気分になっていたのです。

一人で歩いていたり、人間同士で ただ歩いていると、
なかなか気づくことのない路傍の住人たち。
一太郎さんは、私にそれを教えてくれていました。

2010050103.jpg

季節は確実に移り変わり
桜の季節は終わり、藤も見頃を過ぎ、
そして 今はジャスミンの香りが華やかな季節。

そしてジャスミンの香りがすると
あの「ぶしっ」とくしゃみをする一太郎さんのしぐさを思い出すのです。

花が好きでヒトが好きで
優しかった一太郎さん。

そのうちジャスミンの季節も終わり、
夜来香の香りが夜を鮮やかに彩る季節に移るのでしょう。
そしてまた 「くんくん…ぶしっ」とくしゃみをする一太郎さんを思い出しているのでしょう。

名もなき花の美しさや
花の香りで季節を愛でること
そんなことを無意識に私に教えてくれていた一太郎さん…

ジャスミンの香りが漂う季節の度に
私は思い出すのでしょう。
強い香りにむせって くしゃみをする一太郎さんのしぐさを。。。


posted by Shara at 17:06| Comment(3) | TrackBack(0) | Best Partner | 更新情報をチェックする

2010年04月29日

静かな誕生日

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27日は誕生日。
今年は寂しい誕生日。

去年は彼がいて わんたろさんはお泊り。
今年は彼はいるけど、わんたろさんがいない…

本当はここで一緒に写真を撮ってもらうことになっていた。

結局最期の撮影は3月の撮影が最期だった。
カメラマンさんの展示会用のモデル。
その後はドッグランでのプライベート撮影。

公式なモデルは 3月で終わりだった。
6月の展示会で公表される作品は
一体どんな作品だろう…
どんなわんたろさんの姿だろう…
今はそんなことを考えています。

誕生日も受診をうけ
その後は一太郎を偲ぶ旅に出かけました。
たくさん遊んだお城の公園
良くしてもらった カフェ
一太郎の生まれた犬舍までドライブ…

こんなことしかできなかったけれど
一太郎は喜んでくれただろうか…

もし 一太郎に子どもがいたら
間違いなく迎えるのに…
でも この犬舍にくれば、一太郎の血筋のわんこを迎えることはできる…

変なものに気づいてあげれなくてごめんね…
今度ワンコを迎えたら、お散歩のくんくんも
ちゃんと気を配るから……

いつか 犬が本当に安心して草が食べれたり
安心して遊ぶことができるドッグランを作りたい…
そこで 自分の作品を作りながら、カフェをやってみたい…

なんか誕生日は そんなことを考えながら
一日が終わりました。

わんたろさん
まだ四十九日には遠いけど
もうわんたろさんの生まれかわるのを待ってるよ。
早く生まれておいで…
そして
間違わないように また私のそばに戻ってきて欲しい…

そんなことを考えるおでかけでした。
posted by Shara at 01:59| Comment(6) | TrackBack(0) | おでかけ | 更新情報をチェックする

2010年04月17日

過去の清算は必要なのか…

このブログは 昨年警察の指導もあり
更新を控えて コメントのお返しが出来ないブログにいまやなってしまっています。

それでも 訪れて温かい言葉を頂くことができるのは
本当にうれしいことだと思っています。

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これは 最期のドッグランで走る一太郎。
この翌日の夜に容態を崩してしまいました。

以前お世話になった会社…
ストーカー事件に私が巻き込まれて
なかなか外に出ることができなくなったときに
一方的な強制解雇と違約金の支払いを満場一致で可決したと…
だから払えと言われました。
理不尽な話です。
だったけど 父は これ以上私が苦しまないように
違約金を払って強制解雇については何も言いませんでした。

そんなしんどいときも一太郎はいましたし
ストーカー事件のときも
身体を張って私を守ってくれました。

でも
ホントに社長の言った通り
社員の意見を聞いた上での満場一致で解雇が決まったのか…?
誰も私を引き止めるヒトはいなかったのか…?
時々思います。
そして、よほど私って信頼できる仕事仲間がいなかったんだなぁと
そんなことを思ってしまいました。

今日 なにげに電話を見たら 着歴が入っていました。
以前仲の良かった仕事仲間でした。
おそらく一太郎の死を知って連絡をくれたのでしょう。
親しくしてもらっていたから…

だけど みんなが辞めて欲しいと思ってるから
って言われているので、電話に出る気にはなりませんでした。

身体表現性障害とヘルパー犬の必要性
まだまだ認知度は低いでしょう。
最近 ボスが言ったことを覚えていないときもしばしば…
薬の副作用です。

そんな中でも 一太郎のことだけは忘れられません。

人間というものは皮肉なもので
楽しかったことより悲しかったことがインプットされやすいです。


どうしたもんかなぁ…
正直 今夜はこんなことを考えています。
posted by Shara at 23:22| Comment(8) | TrackBack(0) | つれづれ… | 更新情報をチェックする
I think so...
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