2015年05月05日

月と太陽と護り

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護り石が増えました。
これで準備は整ったと言われても、イマイチピンときません。
物事には時期とタイミングがあるといいますが、それが「今」ということに
普通に生きているとなかなか気づきません。
気づいたら、あぁあれが分岐点だったのだなと後にわかることが大半です。

お見通しだったらきっと楽だろうなと思ったこともありますが、
実際お見通しになってしまうと、見たくないものまで見てしまいます。
知らなくていいことまで知ってしまうと、人は苦しくなります。
自分の知りたいことだけをお見通しなんて都合のいい話などどこにもありません。
それを押し通して人と接していると自分が壊れてしまいます。
それを考えると、ほどほどが一番いいし、「今」っていうタイミングが常にわからなくても仕方ないかなと…

それが人ってものなのかなと。
だから、人は何かを信じていたいし
神様や仏様に問うてみたりするものなのかなと思いました。
なので、お護りがひとつ増えるのも悪くないことかなと最近思えてきました。


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今日の未明、満月の下でブレスレットを重ねてなじんでもらいました。
「あ…龍が玉を掴んだ」
そんなことを言われて、車の窓の外を見ると
月明かりに照らされた雲。
ちょうど龍が満月を掴んでいるように見えました。
明け方前の月明かり 凛とした空気 時折走る風
写真では残せないものがたくさんなので、携帯で撮った写真だけ見ても伝わらないと思います。
体感の重要性です。
数日前も、十三夜の月の空に龍が遊ぶような光景を夜空に見ました。
とても不思議な それでいて神々しい光景。
偶然と言ってしまえばそれまでだし、モノは言いようと言ってしまえばそれまでですが、
それではあまりにも人生は味気ないものです。


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東の空が朝焼けに染まる頃、西の空には輝きが白に変わる満月の姿を
しばらく黙って見つめていました。
そういえば 雲に遮られることなく沈む夕日を見たあと
東の空に大きな美しい満月を眺めたこともありました。
「月と太陽のランデブーだ」
そんな言葉を横で聞きながら、あっという間に朝がやってきました。

当たり前の朝と当たり前の夜を何度もくぐり抜けてやっと巡り逢う丸い月と太陽の姿。
「刻は満ちた 今こそー」
すっかり日が昇り日常に戻った私に 東側から便りが届き
「今」ということの意味を考え込んだ1日でした。
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2015年04月25日

日々を丁寧に…

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今年に入って、目が回るほどのいろんなことがあって、
まぁよくこんな短期間にいろんな経験をしたもんだと思います。
そして、時折連れ出してもらって、特別何も話さず 特別何をする訳でもなく
ただただ景色を眺めている時間というものが、とても貴重で大切なものになりました。

面白いもので、そういう時というのは、とても夕日が美しかったり
出向いているときは雨でも、急に雨が上がって陽が射してきたり、
月がとてもきれいだったり、朝焼けがとても美しく雲海が薄紫に染まったり。。。

「その人と一緒だからこそ、すばらしい世界が見えるのですよ。
他の組み合わせだとその景色は見られません。
その人と他の人では見れないし、他の人とあなたの組み合わせでも見ることはできないのです。
相手を思いやることを忘れず、恐れることなく共に進んでいけば
もっとすばらしい世界が待ち構えていますよ。大丈夫。信じて進みなさい」
今日、ある方がそんなことを言いました。

たくさんの奇跡的なことやきれいなものを共有しながら
その先にあるすばらしい世界ってものが何なのか知りたいな…
そんなことを思ってしまいました。


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2015年04月10日

寝て考えること

とってもとってもご無沙汰にしておりました。
といっても、書くことが何もなかった訳ではなく。。。
むしろたくさんありすぎて…

結局かけずじまいだったという話です。

こうやって久々に自分のことをゆっくり考えるのが、療養中ってのも皮肉な話ですが、
ゆっくりと考える時間をもらったと思うようにして、最近を過ごしています。

この世の理というものは面白いもので、必ずすべてに意味がある
その理を外れてでも何かを成し遂げるということに意義を見いだすというものは
人の驕りのようなもの
結局は、人の及ばないところの理に常に見つめられている
他人に胸を張って言えないようなことを慎む
何か大きなことをしなくとも、それだけで充分なのです

先日、そんなことを言われました。
似たようなことを友達にも言われたことがあります。
確かに、人に迷惑をかけないとか、胸を張って言えないことをするなとか
昔からいろんな人が普通に教えてくれていた気がします。
もちろん、生きてたら言いたくないことや隠し事のいくつかくらいあります。
でも、それで誰かが迷惑をしたり悲しんだり周囲が後ろ指をさすようなものではない訳で。。。

そう考えたら、まぁまずまずの生き方ができているのかなぁ…と思いました。
もちろん欲を出せばキリがないし、もっと親孝行のひとつでも…なんてことは
本当に言い出したらキリがないのですが。

とりあえずこの安静期間を無事に終えたら、何か動きたいな…
動く時には、先日言われた言葉を忘れないようにしたいな…と
そんなことを考えています。
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2014年08月31日

鍵と鍵穴を一致させる旅

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出張中に見つけたアンティークショップで、鍵を見つけた。
どこかの鍵。
アメリカから入ってきたらしいこの鍵。

同じものがないいくつかのアンティークの鍵のうちのこれを選んでみた。

いろんなカタチのいろんな鍵の中からなぜこれを選んだのか
自分でもわからない。
ひとつとして同じ凹みがない鍵の中から 私はこれを選んだ。
ひょっとしたら
私が選んだのではなく、鍵が私を選んでくれたのかもしれない。


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最近思うのは
人の一生って、鍵が鍵穴を探すような感じなのかもしれないということ。
もちろん、鍵穴のあるドアにすでに違う鍵が刺さっていて
永遠に開かないドアのものも この世にはたくさんある。
じっと鍵が辿り着くのを待ち続けているドアもたくさん…
そして、ドアを開けるために流離う鍵もたくさんある…
そんな気がしてきた。

一体この世界で、どれだけの鍵が扉を開けることができているのだろう…?
この世界でどれだけの鍵穴が、たったひとつの鍵と巡り逢えて
扉を開けることができているのだろう…?
そして、
鍵と鍵穴が微妙に違う違和感を抱えたまま
気づかないふりをして生きている人がどれだけいるのだろう…?

長い間、帰る「家」のない私は
時間の流れに揺蕩いながら、居場所を変えて 部屋を変えて…
ずっとそんな風に生きてきてきたような気がする。
なので、機会の減った たまの出張でのホテル滞在の時間が
寂しいと思いながらも心地よいような そんな気持ちすらする。
そうして、ふと「帰る家」が欲しいと思うことがある。

でも、私はまだ自分の鍵で開けることができるドアを見つけられていない…
その悲しい現実に ちょっとだけ辛くなる。

居場所があるようで実はないという生活。
それが堪らなくイヤで切ないというまでの感覚はないけれど、
ふと 家に入れない私がとても悲しく感じる。


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先日、ある人の記事を読んだ。
器がひとつ 大きな石 小さな石 砂 水
大学の講義の話だった。

教授は生徒に、器に大きな石を入れるように言った。
器はあっという間にいっぱいになって、入らなくなったと生徒が言う。
すると教授は、小さな石を大きな石の隙間に入れていくようにと言った。
すると、大きな石でいっぱいだったはずの器に小さな石が入った。
そして、小さな石も入らなくなったとき、また生徒がいっぱいになって入らないと言った。
今度は大きな石と小さな石の間を埋めるように砂を注ぐように言った。
大きな石と小さな石で器がいっぱいだったはずなのに、砂が隙間に入っていった。
いよいよ砂も隙間に詰まってしまい器には何も入らないと生徒が言った。
教授は水の入ったボトルを出して、石と砂のは言った器に水を注ぐようにと言った。
何も入らないと思っていた器に水は吸い込まれるように入っていった。

つまり 器は人の一生を表した器
大きな石は自分にとってなくてはならないもの
自分が自分らしくあるために絶対に必要なもの。
小さな石は 大きな石の次に大事なもの。
例えば仕事だったり、人との関わりだったり
大きな石を守るために必要なもの。
そして砂は日々のささいなこと、
取るになりないものかもしれないけれど、心に残る日常の何か
人間の一生をカタチに例えた話。
そして、最後に注がれた水
どんなに時間がなくて忙しくても、気持ちが穏やかでなくても
もういっぱいいっぱいだと悩んでいても
誰かと一杯のコーヒーを飲むくらいのゆとりは 実は常にあるのだということを忘れないこと。
どんなにめいっぱいでも、友人とお茶を飲む時間というものは必ずあるということを
忘れてはいけないということ。

私も実際に器と石のかわりに貝殻とシーグラスと砂と水を用意して
自分で試してみたけれど…
私のとっての大きな石ってなんだろう…?
と 立ち止まってしまった。
何度やっても自分にとっての大きな石がなんであるのかまだわからない…
小さな石は気の許せる人や友達。あと生きる糧を得るための仕事。
砂は日常の摩擦。

私は生きているうちに、大きな石がなんであるのかわかるんだろうか?
そんなことを思ったら苦笑いしか出てこなかった。。。


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アンティークの鍵にもうひとつ鍵をつけて
C-moonのナイトアイズで鍵を括り付けた。

私のとっての大きな石はきっとドアの鍵穴。
そして、
誰かのたったひとつの鍵のための鍵穴。

この鍵で開く扉が一体どこにあるんだろうか…
いつか私のドアが誰かの鍵で開く日が来るんだろうか?
今夜は少し長い夜になりそうな気がする。
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2013年12月18日

シアワセのカタチ

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ずっと思っていたことだけれど、
カタチのあるシアワセって好きだった。
もらった指輪だったり、ちょっとしたものだったり
それに関連したものを見るとその時のシアワセな気持ちがよみがえるから。
大切な人にモノを選ぶ時もシアワセな気持ちになる。
それを喜んでもらって使ってもらえていると、
カタチとしてインプットされているのかなと思う。
今もそれはあまり変わっていないかもしれない。

この言葉がひっくり返ると 一般的には意味が大きく変わってくる訳で…
シアワセのカタチって…
って誰かに聞くと、大抵
「愛するのがシアワセか 愛されるのがシアワセか」と返ってくる。
もちろん愛し愛されるのが理想型だけれど、
人間には比率がある。
自分と同じ分だけ相手が自分のことを考えていることは
とても稀であるということも知っている。
その比率の多さによって 愛してるのか愛されてるのかに分けられるのかもしれない。

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愛してる比率の高い人は、副作用として愛を押し付ける傾向に陥り
愛されている比率の高い人は、副作用として愛に麻痺して孤独を憧憬する
最近自分を分析していたついでに出てきた答え。
もちろんそれが世情への結論にあてはまるとは思わないけれど
少なくとも私の周囲で巻き起こるいろんなことを俯瞰で見るとそんな結論が出てきた。
自分自身 どちらの傾向にあるかと言われると
前者の方だと思う。
真の孤独の恐ろしさを知ると、孤独を憧憬している人がとてもナルシストに見えてくるのも
正直なところない訳ではない。
と同時に、真の孤独など知る必要はあまりなく
むしろ知らないでいいのならそのまま生涯を終えた方がよいと思うので
どちらがシアワセなのかというと やはり後者なのかもしれない。

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クリスマスカラーに彩られたスカイツリーを先日久しぶりに見た。
街のあかりの数だけの人の営みがあり、街のあかりの分だけシアワセの数がある
昔聞いた言葉。
街のあかりの分だけシアワセの数がある訳ではなく
あのあかりの中には悲しいあかりもあるということを知ったとき
シアワセのカタチとは一体なんだろうと思ったことがあった。
その疑問はまだ解き明かされていない。

ただひとつだけ明確なのは
人が生きている間に経験するだろう普通のことを普通に経験した上で
結果的に自分には要らないものだった
と言える人はとてもシアワセだということ。
普通のことを普通に経験できるということは、それだけでシアワセだということ。
人生のイレギュラーばかりを経験して普通の経験ができていないのは
ある意味恐ろしくシアワセではない。

普通のことを普通に経験しながら巻き起こるイレギュラーな経験ならば
それがマイナス要素でもきっと打破できるのだろうし、
実際打破できている人をたくさん知っている。
普通に生まれ、学び、恋をして、伴侶を得て家族を持ち、奔走しながら生涯を終える
その中で、さまざまな困難に遭遇したときに
根底にある普通のことをバネにして乗り越えていく…
また、途中で自分にとっては必要ないものだったと判断して伴侶と離別する人もいる。
すべて経験と実績の結果で随時判断ができているのは
未経験の想像での判断よりもとても気持ち的にシアワセだと思う。

シアワセのカタチを語るには
前提としてその普通ラインというものがあって初めて語れるのかもしれない。
そのスタートラインにすら立ててない自分が
不幸の極みかと言われるとそうではない。
ただ、とても薄っぺらでどうしようもないなぁという虚無感は否めない。

このブログを始めた頃の
あの人間が大好きだった自分がまるで別人のような錯覚にすら陥る。

それでも 一握りの絶対に信頼できる人がいてくれていることを知っているから
私はシアワセのカタチを考えることができるんだということには
とても感謝している。
シアワセのカタチというものは
私の生涯の課題なのかもしれない。
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2013年02月27日

抜けるような空でした

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色は空 空は色との 時なき世へ


辞世の句だと聞いた時、
色即是空と思うよりも、今世の重い柵とそこを超えた次元を連想した。

そして、自分の上にある空を見上げて思った。


仰ぎ見る 曇なき空に 涅槃西風(ねはんにし)
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2012年12月08日

ただただ想う日々

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命を無駄にするくらいなら
命をかけて 命を削りながら
ご恩返ししながら生きていきなさい

幸も不幸も天命
天命ならば受け入れるしかあるまい
どうせ受け入れるならば
笑って受け入れた方が楽しいだろう


お二人の言葉
今でも覚えています。
これからも忘れません。
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2012年08月29日

今更…

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先日仕事で訪れた街の喫茶店の片隅に
クラシックタイプライターが置いてありました。
センスいいなぁ…と思いながら写真を撮りました。


ここ数日、精密検査の結果を眺めて
ため息をつく日々でした。

15年以上前の事故の影響が今頃出てきた可能性も
全くゼロではないと知った時に、
どうして今更…と 真っ先に思いました。

頭部強打眉間裂傷
急所をケガするということが、こんな不安に繋がるとは
考えてもみませんでした。


あの頃は 何も恐いものはなかった
今はどうだろう?
そう考えた時に、
正直なところ、恐い気持ちがたくさんだと気がつきました。

今はまだ死にたくない
そう思う理由は 実はあって、
新しく信頼できる人間をもっと増やしたいという欲があるのです。
ここ数ヶ月で、身近にいた人が手のひらを返したような態度になって、
おまけに、自分を踏み台にして人間関係を構築している人間が普通に生活をしているのを知って、

別に去っていった人間には何の未練もないけれど、
人ってけっこういいもんだよね…
と もう一度思えるような人達に出会いたいと思っているのです。

人が自分から去っていく時には
もちろん自分にも非があるからだと思います。
それは重々承知です。

自分は何もしてないのに…
なんてこと思ってはいません。

なので、ただ単に
もっといろんなヒトと出会いたいし
いろんなことを試したいという欲が出てきたのだと思います。

あの頃は何も恐くなかった
それは若かりし故のことだったのかもしれないし、
失うものがないと錯覚していたのかもしれません。
今は、無鉄砲さがなくなってしまったのかもしれません。

知ってしまうとしんどいな…
そんなことを思っていたら、ちょうどこのタイプライターと出会ったのです。

最初の持ち主は誰だったのか…
旅行好きなご主人のコレクションのひとつらしいこのタイプライター
きっと いろんなヒトの手に渡って、日本に来てしまって
喫茶店の片隅にいるということなんて、
タイプライターだって想像していなかったに違いない…

人の一生もまた 誰も分からないように
ずっと川にたゆたったまま 流れて流れて
どこかにたどり着くというのならば

私はどこに向かって流れているのだろうか…


検査結果のたった2枚の紙を見つめて
ここ最近 そんなことをぐるぐると考えています。


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2012年07月15日

手の中で…

お盆のお墓参りに行けなかった。
といっても、毎年行っている訳ではない。

ひとりでじっと考え込んで、心の中で手を合わせるくらい

今年は、川が氾濫して
お盆どころではなかったというのが
正直なところかもしれない。

幼い頃からの思い出の詰まった場所の川が
思いもよらぬカタチで牙を剥き
右岸一帯を呑み込んだ。

親戚の家も友人の家も呑み込まれた。
先祖を迎えるどころではない状況で
今日もたくさんの人が 何かできることはないかと
被害にあった各家を訪れていたそうだ。

「そうだ」というのは
実際私がそこに赴くことができなかったからだ。

福岡も佐賀も大分も被害がすごかったようだ。
大好きな柳川も、水郷の町だから
きっと被害はすごかっただろう…

それでも、これだけの大きな災害で
命を落とされた方が全くいない訳ではないけれど
それでも なんとか命が残った方が多かったのは
お盆でご先祖様が傍にいてくださったからなのかもしれない。

なにもかもなくなって 命だけ残ったところで…
私はそう思うかもしれないけれど、
きっと 私の友人はそんなことはないだろう。

前に進む力ってどこから湧いてくるのだろう…
そう思っているうちは、きっとわからないんだろうな…
そうやって考えてみたら 自分はとても弱い人間だ。
何かから逃げている訳ではないけれど
思いっきり立ち向かっている訳でもない。

隣の芝は蒼く見えるとは言うけど
それはきっと違う。
ホントに蒼いんだと思う。
そんで、そういう努力を日頃から行っているのだと思う。

棚から牡丹餅という言葉があるけれど
ホントに棚ぼたなんてことはない。
棚ぼたにあやかっている人は
日頃から、いつも自分の上にぼたもちが落ちてくるような
入念な手回しや気遣いをしているものだ。
それでいて、棚ぼただねって人にいわれると
ホントに棚ぼただったよって言って、ひけらかすことなどしない。

世の中なんてそんなもんだと思う。

そう思いながら、
お線香に火をつけて手を合わせる。
今日はそんな日だった。

合わせた手の中には
昔、おばあちゃんが作ってくれた
小豆入りのお手玉がぽんっと授けられたような
そんな錯覚を覚えた。
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2012年06月29日

ただいま お元気ですか? 久しぶりです…

みなさん
本当にご無沙汰していました。
ずっと ずっと
自分の中で時間が停まったままで、
それを動かすことがなかなかできなくて…

こんなにも月日が経過してしまいました。

初代の三回忌も終えて、
二代目も2歳になりました。

そして私は…
私は何もかわらないままです。

変わったことといったら
病状が悪化したくらいです。

ただいま みなさん
お待たせしました。


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クリームソーダ
懐かしく感じる世代って
どれくらいまでなんでしょうね…?

私は とても懐かしく感じます。

幼い頃 よくお願いして飲んでいました。
初めて従姉に連れて行ってもらった喫茶店で飲んだのも
クリームソーダでした。

この緑色のソーダとバニラアイス
ソーダがアイスにくっついて凍ったところを
ちまちまと食べるのがスキでした。

20代の頃、婚約破棄して
落ち込んで高速道路を両親に連れられて熊本に戻るとき
SAのレストランで クリームソーダ…
「いつになったら 飲むのをやめるのかねぇ…」
そう言いながら笑った両親は、とても寂しそうであり
それでいてうれしそうでもありました。


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今年に入って大学病院でしばらくを過ごして
退院してから 久しぶりに上京。
落ち込んだ時に先輩に連れて行ってもらったカフェは
昔と変わらないまま 同じ場所にありました。

ひとつ違うのは
隅田川の向こう側にスカイツリーが建っていることくらいでした。

二代目にとっては 初めての東京。
初めての飛行機。

私は二代目と懐かしい思い出の場所を歩きました。


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お待たせしました。
Cafe*de-light 1日限りの実店舗企画
スタートします。
熊本市西区のカフェで。

先日、久しぶりにラジオ局に行って
初めて出演側に立ちました。
uストリームで配信もされていて
1000人以上の人が聞いていてくださいました。

スタジオに招待して頂いた奥田圭さん
本当にありがとうございます。

もちろん
Cafe*de-lightですから
ただのカフェではありません。

少しずつこちらのブログも更新していきます。
リニューアルのために閉鎖していたサイトも
改めて作り直してアップすることにしました。

少しずつ 少しずつ
私の時間も動かし始めないと…

これからも よろしくお願いします。



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2011年04月22日

「今を生きろ」か「社会に出てくるな」か…

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最近 いろんなことが世間では起こっています。
3月の震災から原発問題、てんかんのキャリアを持つドライバーのクレーン事故
そして、皮肉にも「アースデイ」である4月22日0時から
とうとう原発から半径20キロ圏内が警戒区域となってしまいました。

私は特別 愛護精神が強い訳でもなければ
自然保護団体でもないです。
それどころか、自分の身体の制御すらままならない状態です。
裕福でもありません。
月の医療費が何万円にもなります。

わんたろさんがいてくれるのも
ゆとりで家族を迎えている訳ではなく
治療の一環として、傍にいてもらっているのです。
数日前から左下肢にも不具合が出てきて、
普通に歩けないことに わんたろさんは戸惑いをみせています。

病状が悪化をたどっていることに
とても不安を感じています。
おまけにPTSDの悪化。
転院した大学病院では、社会生活や仕事を抱えながらの治療に関しては
あまり前向きではないらしく、
とても現実的ではありません。

毎日朝からきちんと起きて
一太郎さんのところにお線香をあげて、
メールのチェックと電子新聞に目を通し
SNSのチェックをするのが日課です。
その間にわんたろさんはごはんを食べます。

被災地での動物達、飼い主さんの苦悩
原発の退避での生活の苦悩
クレーンが登校児童を巻き込んだこと。
その運転手がてんかんを持っていて、薬を飲み忘れていたということ。
警戒区域になる寸前に、最期の家畜の世話を涙ながらになさっていた畜産家の方…

いろんなニュースに対して
いろんなコメントが入っていたりします。
それにも目を通しているのですが、
放射能差別と同じように てんかん差別がまた持ち上がっているようです。

そして、目にした記事
「身障者は社会生活する資格はない。迷惑を被るのは健常者だ」
という見出し。
確かに今回の事件は、薬を飲み忘れたという過失
クレーン免許を申告しないで取得したこと
雇用先にも伝えていなかったこと
問題はあると思います。
そして、大きな可能性を持つ大切な命をたくさん奪ってしまった…
薬さえ飲み忘れていなければ防げることだったのに。
実際、てんかんも2年間発作が起こっていなければ免許がとれます。
薬を飲んで上手につきあっていくことができる可能性が高い病気です。
どうして大事な薬を飲み忘れてしまったのか…
薬さえ飲んでいれば……
てんかんを隠していたのも、分かれば仕事に就けないとか
差別を恐れてということが多少なりともあったのではないかと思います。

決して加害者の肩を持つ訳ではないのです。
薬を飲み忘れた加害者に問題があるからです。
だけど、申告することで言われのない差別を受ける社会を作ったのは
まぎれもない健常者です。

放射能が伝染するとか、訳の分からない不安のタネを撒いたのも
当事者とは関係ない地域の人です。


私は、普通に生まれて
普通に生活して
普通に仕事をしてきました。
それが突然 事故で歯車が狂いはじめました。
ストーカー事件に巻き込まれてPTSDを背負ってから
また歯車が狂いました。

社会生活から弾き飛ばされた人間は
もう社会に戻ってくるな
迷惑なだけだ…
少なくともそう思っている日本人は
けっこういるんだなぁ…と思いながら
コメントに目を通しました。

被害者の苦しみの何が分かってこういうことを言うの?
加害者の苦しみの何が分かってこういうことが言えるの?
障害に苦しむ人間が、少しでも自立しようとすることが
そんなに社会では迷惑なことなの?
私は、何の助成もなく控除もなく、
悪化していく身体と毎日つきあいながら
それでも、お金がないと病院に行くこともできない
わんたろさんのごはんも買うこともできない
いちばん中途半端な状況に置かれて、
転院した病院も、働きながら上手に病気とつきあう治療ではなく
いろんなヒトの力を借りながら なんとかやっと生きている状態です。
その中で、できることをできる範囲で少しずつやっているだけです。

ちょうど肉体的にも精神的にもしんどくて
生きている意味がわからなくなった時に
「健常者が迷惑を被るだけ」という内容と
多くのそういった意見に目を通して
なんだか 気持ちがぶれているみたいです。

いろんな天災も事故も
結局 残された人間が背負う宿命にあります。
けれど、それを背負うことができるかというのは
当人にしかわからないものです。

今回の災害で、みんな がんばろうって言っています。
でも、すべてを無くして 大事な家畜や犬猫を置き去りにして
苦渋の選択を強いられて、自分の住み慣れた家に戻ることができない人に
がんばろうって言っても、何をどうがんばるの?って思われるのがオチだと思います。
少なくとも、私が福島の被災地に住んでいたらそう思います。

がんばろうって言葉は簡単です。
現地では訓練された自衛官も二度と行きたくないと
軽犯罪を起こしてでも逃れたいような惨状。
原発内で亡くなった東電の社員の遺体も、放射能に汚染されている理由から
そのまま放置するしかないということに対する、遺族の憤り。
社員よりも、下請け孫請けの会社への復旧依頼。莫大な報酬と記録されない放射線手帳…

なんだか少しも力を合わせてない気がして…
住民の意見を半ば無視したような行政も
放射能避難での転入で放射能測定器での証明書がないと
転入を認めないとか
いわきナンバーは給油拒否とか

これのどこが一丸なんだろう…
がんばりたくてもがんばれない状況を
災いから逃れた人が勝手に作っているのに。

そして、私も思うのです。
大学病院の治療で、社会復帰は当分無理だと
他人事のように言われて、
その間の救済策など医者は考えてはくれないんだろうなぁ…と。

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2011年03月10日

たまにはこんな日も

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先日 オープンカフェでお茶をいただきました。
みなさんからのたくさんのコメントを思い出しながら。

記事にすれば きっとみなさん心配するだろうと思いました。
でも、私は自分史の中の事実として、思ったことは記しておこうと
そう思ったのです。
別に簡単に生きることをあきらめるつもりはないのですが、
いつ何が起こるかわかりませんし…

来月からは大学病院に転院。
ひょっとしたら治験協力依頼もあるかもしれません。
私は、治験にはなるべく協力しようと思っています。
それで、今後私のような辛さを味わう人が減るのなら
それでも私が生きてきた意味もあるものです。
こんなに薬漬けの身体ですから、臓器はあまり役に立てそうもないし…

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カフェでお茶を飲みながらいろいろ考えたり
1日の終わりをおいしいお茶で終わらせること

考えてみれば3年前までは、日常のことでした。

それが今ではほとんどなくなってしまいました。

一太郎さんと一緒に いろんな場所にでかけて
同じものを見て くつろいで…
今 同じことを二代目のわんたろさんにしてあげられないことが
なんとなく残念です。


これから少しでも病状がよくなって
あちこちに出かけられるようになったらいいなぁ…

それよりも何よりも
こうやって外の空気にふれながら
おいしいお茶をいただくということが
私にとって 本当はいちばんのリラックスなのかな…

そんなことを考えました。
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2011年03月07日

涙の訳

本当に久しぶりの更新です。
春になったら、また昔のように更新しても
大丈夫かなぁと思ってもいますが、
まだ少し怖い部分もあります。

元からの事故の後遺症だけでも辛かったのに
ストーカー事件に巻き込まれて
このブログも、なかなか自由に更新出来ない日々が続いていました。

もうすぐ一太郎さんの一周忌が近いのもあって
心が沈むことがあります。
いつも一緒だった一太郎さん。
事件のときも、身を呈して守ってくれた一太郎さん…
二代目は当たり前のように私の傍にいてくれて
まるで初代の教えを守っているかのようですが、

それでも、私は一太郎さんを思い出します。

決して二代目の一太郎さんが頼りない訳ではありません。
ただ、多分 私の病気が少し芳しくないから
それで思い出すのかもしれません。

日に日に自由がきかなくなっていく身体には
大量の薬が必要で、
時々、東京にいた頃のように、
医療用麻薬に頼り切ってしまった方がどれだけ楽かと
そんなことを考えるようになってしまいました。
1日 また1日と日々を送るにつれて
最近は悪化をたどっています。
4月からは大学病院への転院も決まりました。

今 私ができることといえば
初代 二代目への感謝の気持ちとして
初代宛に頂いたおやつやごはんのお供えを
定期的に愛護センターに寄付することくらいです。

PTSDの再発 左側頭部から肩にかけての筋肉の硬直
だいたいの闘病者は一度は思うことですが、
何のために生きているのだろう
そう思いはじめました。

自分の貯蓄だけでは生活も危うくなり
両親に頭を下げました。
自活出来ていたのができなくなるという屈辱。
そして、
「お金を出してあげてるんだから言うことくらい素直に聞きなさい!」
という両親の言葉。

今の私は 生きているのではなく
もはや 生かされているのではないのかとさえ錯覚してしまいます。

生きているのは意味があるから
前に進もうと励むから
だけど 今の私は このままだと親の言いなりにならざるを得ません。
やりたいことも思う存分できず、ただ生きているだけ
それでも 私は生きているといえるのでしょうか?

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今日、初代を天国に送ってもらったお寺の本堂に
しばらくお祈りをしていました。
二代目の一太郎さんも一緒でした。

2011030602.jpg


ふと見ると
一太郎さんは涙をこぼしていました。
私との生活が苦痛なのかもしれません。
もちろん初代と比較したことなどありません。
今の一太郎さんは、とても私の支えになってくれています。

でも両親は言います。
「もっといいところにもらわれていたら
たくさんいろんなところに行けただろうに
わんたは可哀想だね…」
私も胸が痛みます。

2011030603.jpg


最近 私はどこに逃げて
どこで教えを乞うたらよいのか
そればかりを考えている気がします。

私の身体のためには一太郎が傍にいて
焦らせないようなプレッシャーを与えないような環境が
いちばん精神的だけでも楽になれるそうです。
精神的に楽になれば、自ずと身体のことも考えられるのだそうです。

周囲に理解されない苦しみと
国や行政の助けもない不安の中
一太郎さんが流した涙の意味をすこし考えてしまいました。

一太郎さんは もっと普通のしあわせな家庭に行きたかったのか…
それとも
どうにもならない歯痒さ故の涙だったのか…
私にはわかりません。

そしてまた 私自身も思うことがあります。
九州に戻って、劇場を立ち上げた時点で
私の生きている間のお役目は終わってしまってのではないのかと。
それをだらだらと生きながらえているから
病状は悪化し、両親にも迷惑をかけ、一太郎を悲しませている…
そんな気がしてならないのです。

私の生きているにあたってのお役目
まだあるのかなぁ…
あるのなら それは何だろうなぁ…
今日は真剣に考えてしまいました。
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2010年12月01日

桜紅葉

すいぶん記事更新をしていませんでした。
時折コメントやメールを頂いていましたが、
なかなかお返事をする元気もありませんでした。

記事を更新しない間にいろいろなことがありました。
私は新たに引っ越しをして、一太郎さんの遺骨と遺影を飾り
それからすぐに、長期ツアーに出かけました。

もちろんボスの勧めもあったのですが、
今はただ、無心に仕事をしたかったというのが
正直なところだったと思います。

過酷なツアーではすれ違いも多く、
心身ともに疲れ果てて、極限の睡眠時間と緊張を
どうやったらうまく伝えられるだろうと悩んだりもしました。


一端夏のツアーが終わり、一太郎さんの血筋のコが
一太郎さんの四十九日に生まれたということでブリーダーさんのところに会いに行きました。
背中に星印を背負った小さな男のコ。
柄の出方も初代そっくりでした。
これは何かのご縁であると思って、二代目として迎えました。

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これは去年の一太郎さんの姿です。
さわやかで堂々としていて貫禄もあります。

s2010112802.jpg

これは生後半年の二代目の写真。
まだまだ初代には及びませんが、ヒトに対する心配りは
初代同様とても長けていると思っています。


ばたばたのうちに 先代と撮影した最期の写真の大桜は
桜紅葉となり 美しくたたずんでいました。
その写真を撮ることもできないまま
仕事に追われてカメラに収めることもなく終わってしまいました。


夏から今まで 本当に時間のゆとりがない私
それでも季節は確実に過ぎていって
二代目の成長も著しく…

毎年ご贔屓の現場に連れて行っても
誰も初代が亡くなって、二代目が仕事始めということが
わからないくらい場慣れしていました。
血筋かもしれません。

春の桜の花 秋の紅葉桜
どちらも散り際が潔く、
なんとなく 先代の生き様を彷彿させる印象がありました。

二代目もがんばって仕事を覚えようとしています。
どうか このまま
素直にまっすぐに ヒトを疑うことなく育ってくれれば…
私は二代目一太郎にそう願ってやみません。

桜の花も 桜紅葉も
その散り際が潔く、
ひょっとしたら 潔くこの世から離れてしまうのかと
心配する部分もありますが
それでも一太郎が大好きだった桜の花

これからも 最期に撮った写真のあの桜を
これからも見つめていこうと思います。
二代目一太郎と一緒に…

二代目もご贔屓によろしくお願いします。



二代目一太郎の記事
一太郎日記http://ameblo.jp/one-taro-diary/

また少しずつ更新します。
おやすみなさい…
posted by Shara at 23:50| Comment(4) | TrackBack(0) | I think so… | 更新情報をチェックする

2010年02月14日

ニライカナイ

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今日は旧正月。
島ではお正月のお祝いがあったようです。
島での最後の夜。
ぼんやりといろんなことを考えています。

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島の時間の流れはゆっくりで、ゆっくり過ぎてちょっと怖いような
そんな気もしました。
でも なんだかんだで2ヶ月ちょっと
早かったなぁと思います。

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ニライカナイ
島で知った言葉です。
昔からの民間信仰らしいのですが、
東の海の果てにある国だそうです。
年の初めに豊穣の神様がニライカナイから島にきて
年末に神様がニライカナイに戻られるとか。
豊かさをもたらしてくれる幻の国なんだなぁと思いました。

確かに浜辺を歩いていると、いろんなものが打ち上げられています。
どこかの国のペットボトルだったりすることもあるけれど
キレイなサンゴだったり、貝殻だったり、ガラスだったりすることもあります。
何かの種だったりすることも。
昔からこの島に
この海がいろんな文化やモノを運んできてくれるんだな…
って思いました。

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内地からしてみたら ぱいぬはニライカナイかもしれません。
とてもあったかで、自然豊かで 人は優しく…
そのぱいぬでニライカナイに想いを巡らす人々は
内地より心ゆたかなのかもしれません。

明日また旅に出掛けます。
ぱいぬを離れて 遠くからぱいぬを見ると
また違った何かが見えるようになるかもしれません。

荷造りもまだ終わっていないのに
ぼんやりそんなことを考えてしまいました。
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2010年01月31日

ツンダミ

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今日は久しぶりに青空を見ることができて
気温は30度近くまで上がったけど 風は涼しくて
気持ちいい1日でした。
でも 夜になって、今ではすごい雨です。

少しでも病気を治して これからでも生きていくための糧を探しに旅に来ていて、いろんな気づきがあったりしています。
だけど 本当のところ、もやもやすることもあったりします。

新しい所にいるということは、戻ったときに自分の居場所がなくなっている可能性は大きいということ。
特に仕事に関してはそれは大きいと思います。
特に私の今までやってきた仕事は、特殊技能職で、時として自分は歯車の一つに過ぎないと痛感させられる時もしばしばです。
今年は多分舞台の仕事は さらに激減すると思います。
これだけ九州を離れていれば当然の話だと覚悟はしていましたが。

今までそれしか仕事をしてきたことがなかったから
今までの仕事に誇りを持っていたから
テレビを見るたびに 知っている名前を聞くたびに
自分は脱落してしまったんだとやはりどこかで思ってしまいます。

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だけど 本当はそうじゃなくって
新しいことに足を踏み入れる大きなチャンスなんだ
ということも充分に承知しています。
それに 身体的にこれ以上業界の仕事を続けられるのも困難だということも 自分の頭ではわかっています。

昔の話
すべては過去の功績であって
今は何の役にも立たない。

ぱいぬには 名前のない花や植物がまだけっこうあるそうです。
図鑑に載っていない 昔からあるけどなんだかわからない草花。
一太郎との散歩のときに目にするかわいいピンクの花
調べてみたけど「葉牡丹の一種」とまでしかわかりませんでした。
名もない花。
今の私もそんな感じです。

心の中の調律がうまくできてないのがよくわかります。
内地にいたら間違いなくDr.に相談しています。
ここ2ヶ月、Dr.とは電話診察を月に一度のペースだけ。
それを知ってか知らずか、「大丈夫?」というメッセージやメールをよくもらうようになっています。

三線や島楽器の調律をして音を合わせあうことを「ツンダミ」というのだそうです。
ツンダミがなってない…
心の中のツンダミが全くなってないさぁ〜
って言われそうなくらい。

こんなにいい環境にいて いろんなヒトに守られて
ゆっくりゆっくりでいいからって言われて
それでもなかなか快方にまっすぐ向かわないのは何故だろう…
名もない花を見ながら
名もなき花には存在の理由があるのか
たとえ名前がなくともそこに存在する限り意義があるのか
到底答えが出そうにないことを 夕暮れ前に一太郎と道端にたたずんで考え込んでしまいました。
posted by Shara at 23:54| Comment(2) | TrackBack(0) | I think so… | 更新情報をチェックする

2010年01月22日

はいむるぶし

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せっかくぱいぬにいるのだから、ぱいぬの真髄を探そうと
出かけた今回の旅。
その中に はいむるぶしを見るという目的もありました。

ぱいぬは星がキレイです。
とてもキレイな中でも石垣島より南はどんどん偏西風の影響を受けにくくなって、星の瞬きが少なく とても星空が近く見えます。
波照間まで行けば 本当に美しい南十字星をみることができるのだとか…
それでも 今回宿泊している場所でも観測はできるということで
とても楽しみで出かけました。

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観測時間が時期的に夜中っであるということもあり、
ホテルのバーでちょっと一杯。
本当に久しぶりの一杯です。
お酒の名前は「はいむるぶし」
泡盛ベースの美しい青いカクテルでした。

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ちょうど飾られたグラニュー糖が星を表しているということで
なんともコ憎い演出です。
泡盛と甘いものというのは相性がいいらしく、地元では黒糖と一緒に泡盛を飲むこともよくある話なんだそうです。

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すっとした飲み心地で それでいて口当たりがよく甘いカクテル
とても気に入りました。

その後部屋に戻り 夜中に外に出て星を見ました。
やっぱりこぼれおちそうな満点の星空。
時折雲がかかりつつ それでも、雲の流れが速かったため
キレイなはいむるぶしを見ることができました。

ホントはわんたろさんにもみせてあげたいな…
そう思いましたが、わんこにはとても見える距離ではないし
匂いがある訳でもないし…
この感動は一太郎に、興奮という表現でしか伝えられませんでした。

小浜島はサトウキビの収穫の真っ最中で
シュガーロードの半分は もう収穫が終わっていました。

ゆっくりとした時間の流れで
最初の頃は 自分が情報に取り残されそうで怖かったのも
今は少しだけ慣れてきました。
大好きな服は おしゃれすぎて、なかなか着る機会もなく
なるべくカジュアルに過ごすようになりました。

沖縄県といえども、もともとは琉球王朝に制圧されるまでは
独自の文化があった場所です。
なので、沖縄であって沖縄でない部分がたくさんあることに気づきました。

生まれてはじめてまともに見たはいむるぶし
とても同じ日本とは思えない気候と風土 それに風習。

これから先 この空気にとけ込むことができるのか
はたまた 不安が先立って、情報量の多い内地へ拠点を置くのか…
考えさせられることはたくさんあるけれど
それでも とりあえず今は
今しかできないことをがんばるしかないな…

おいしいお酒を飲んで 星空を眺めて
そんなことを思った はいむるぶし夜でした。。。
posted by Shara at 02:07| Comment(2) | TrackBack(0) | I think so… | 更新情報をチェックする

2009年12月31日

今年もありがとうございました。

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今年はいろんなことがありました。
このブログをはじめて いちばん更新が少ない年でした。

たくさんの人に心配をかけてしまいました。

今 南の果ての島で
静かにマシンに向かっています。
遠くから太鼓の音が聞こえてきます。
島の祀り事なのかもしれません。

来年は今年よりも もっともっといい年になればいいな…
そして 私の周りの人達も
みんなみんな穏やかに新年を迎えられますように。
今年も本当にありがとうございました。
来年もよろしくお願いいたします。
posted by Shara at 22:38| Comment(3) | TrackBack(0) | I think so… | 更新情報をチェックする

2009年12月25日

クリスマスには…

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早いもので もうクリスマスイブ。
私が九州を離れて20日以上過ぎたことになります。

少しでも病気がよくなるように
そう言って両親が送り出してくれたのは
もう20日以上前の話なんだな…と
昼間ベッドの上で考えていました。

昨日の夜中 ちょっとしたことで
身体の調子が悪くなってしまった私。
なんでこうなっちゃったんだろうなぁ…って
ずっと考えていました。
ホントは 今日はでかけてのんびりして
一太郎もランにでも連れて行ってあげて…
そんなことを考えていたけど 全部ダメになってしまいました。

ひとりじゃないけど ひとりぼっちの気分

なんか全部自分が悪いみたいに責められてる気分になりました。
もちろん 生きていれば いろんなことがあって
自分に非があることも多いけど…
みんな君がが悪い
もうちょっと思いやりを持っていろんなことを
手伝ってくれないかなぁ…
そんなようなことを言われた今年のクリスマスイブ

欲しいものをがまんして
一太郎にも不自由な思いをさせて
治療を受けるのもがまんして
精一杯かきあつめたお金や気持ちは
やっぱりひとりよがりで

一太郎は涙をにじませながら眠っていて
私はひとりでこうやってマシンに向かって
せっかく探してとりよせて用意したチーズケーキは
誰に食べられる訳でもなく冷蔵庫に入ったまま…

身体が不自由って辛いな…
痛いって辛いな…
慣れない環境でがんばっていた糸がぷちっと切れたような
そんな気分になりました。

クリスマスには あったかい気持ちがいい
誰もが幸せな気分で過ごしていたほうがいい
眠っている一太郎の涙をぬぐいながら
そんなことを思いました。
posted by Shara at 00:03| Comment(3) | TrackBack(0) | I think so… | 更新情報をチェックする

2009年12月01日

いいモノに囲まれよう

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今日は福岡のホテルです。
わんたろさんはお気に入りの定宿「ワンパーク」で
豪遊中です。
プレイルームでとても元気に走り回って大満足だとか…
おそらくこのまま今夜は中州豪遊で、
明日は天神をお散歩することでしょう。

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今夜はホテルのカフェで パストラミサンドを頂きました。
黒パンとパストラミとモッツァレラチーズとレタスとトマト
とてもおいしかったです。
久々ナイフとフォークでサンドイッチを食べました。
最近 ゆっくり贅沢に食事って機会があまりなかったので
たまには背筋をのばして 作り手に敬意を払いつつ食べるのもいいものです。

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東京にいた頃 いろんなことを教えてくれたヒトがいました。
環境が人間を創る
そんなことを言っては いろんな場所に食事に連れて行ってくれたり
いろんな体験をさせてくれました。
ホテルライフの楽しみ方や フルコースの楽しみ方
ブランド品や一点ものが高い理由
子どもを断るお店の存在やその意味
ラウンジでの過ごし方
全部おしえてもらいました。

そして 気がつけば、社交の場に出ても臆することなく
楽しめるようになっていました。
ドレスコードも苦にならなくなっていました。

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マナーや敬意を覚えれば ラフにすることは苦ではありません。
しかし その逆はかなり苦になると思います。
いいモノを傍に置いたり いい環境に身を委ねたりするのは
決して浪費や贅沢ではないと思います。
その環境を楽しむことで、お金では買うことができないモノを
手にすることができるからです。

私の手元には いろんな古いモノがあります。
20年近く一緒に過ごしているティファニーのボールペンがあります。
高校の頃から履いて靴底を張り替えている
リーガルのローファーがあります。
どれも現役です。
もちろん安いものではありませんでした。
今 買おうとしてもけっこういいお値段です。
そのようなモノには付き合いが長い分 命が宿っています。
もはや たかがモノではないのです。
歴史はお金で買うことはできません。代わりはありません。

いいモノに囲まれて ずっと大事に使い続けて
もし私の次に新しい主が現れたら また大事に使われ続けて…
いいモノはそれに耐えられるだけの力があるものです。

うちの実家は父は公務員 母は専業主婦という
普通の家庭でしたが、いいモノを観たりいい環境に身を置くことを
惜しむことなく私に教えてくれました。
それらは決して贅沢という言葉だけでは片付けられないモノばかりです。
例えば きちんと食事を終えるまで席を立ったりしてはいけないとか
食べ物で遊んではいけないとか
なるべく食事のペースをみんなにあわせながら楽しく食べるとか…
それが今の私を創って 今の仕事ができている…

久しぶりに一人でホテルで食事をしてのんびりして
そんなことをふと思い返してみました。
posted by Shara at 01:19| Comment(2) | TrackBack(0) | I think so… | 更新情報をチェックする
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