2013年08月16日

自分の命より大切な命の存在があるということ


今日は少し真面目に
そして少し重たい話になると思う。

こうやって記事を綴り続けてきた当初は、
まだブログという言葉が珍しい時代だった。
ウェブログという言葉がまだ残っていた。

更新がまばらになってきたのにも理由はある。
このブログは私が個人的に綴るところであるから、
私が更新できなければ、更新はままならない。

これが他のブログとこのブログの違い。

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8月15日 久しぶりに、誰かと出かけた。
仕事ではない。


何でも話せる人。

以前その人は私に
「ソウルメイトなんだろうね」
そう言った。

あれからずいぶん月日が過ぎて
互いにいろいろな経験を経て

魂が泣き叫ぶという 言葉ではうまく表せない想いを何度もした。

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目に見える景色は
まぎれもなく現在なのだけれど、
ふたりの間の時間は出会った頃のままだということがわかったとき
どうしようもないなんともいえない気持ちに襲われて、
自分を抑えるのがつらくてつらくてどうしようもなかった。

時間軸の上をただ進むしかないという
誰もがあらがうことのできない現実の中
それを超越するような現象があるということは
きっとにわかには信じがたいことだと思う。
けれど
それを一度体験してしまうと、すべてを超越してしまう
理屈抜きという言葉がこれ以上適切なものはないと思ってしまう。

カタチあるものはいつか朽ちる。
それは肉体もそうであり、誰もあらがうことはできない。

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19の頃の私に向けてくれた優しさを同じように向けてくれるその人は
あの時と同じように、私にお守りを置いて
また自分の時間軸の中に戻っていった。
私もまた私の時間軸の中に。

私の時間軸はそう長く伸びているとは思えない。
だから、どうか
あの人の苦悩を私に引き受けさせてください。
あの人が穏やかに、安らかに
自分の時間軸の上を歩んでいけるように。

こんなにもたくさんの人が長い時代に生きていて、
その中で互いに認めあう魂の片翼に出会うことができたということは
それだけでも価値のあることだと思う。
自分の本当の片翼を見つけるのは、
砂漠で一粒のダイヤモンドを探すに等しいと言う著者もいる。
私は生きている間に、その片翼に巡り会い 
互いが互いの翼だと認めあうことができた。
それだけでも充分であり、生きてきてよかったと思う。

だから あの人が今も悩み続け、これから遭遇する不安や苦悩は
すべて私が引き受けられるものならそうしたいと…

そう願いながらまたはじまる朝をアトリエのベランダから眺めていた。
posted by Shara at 04:10| Comment(0) | TrackBack(0) | Life is beautiful! | 更新情報をチェックする
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