2011年03月20日

所詮愛玩でしかないのだろうか…

東日本が被災して1週間。

まさかこんな大きな災害が起こるなんて思っていませんでした。

そして、被災した犬猫やその飼い主が
窮地に追い込まれていっています。

もちろん災害が大きすぎて、
人が生きていくだけでも精一杯の状況です。
最初は「おたがいさまだから…」と
避難所でも黙認されていた犬猫も
1週間も経過すると状況が変わってきているようです。


私は、初代 二代目ともに
愛玩として迎えた訳ではないし、
初代は本当にヘルパー犬として、よく私の生活の手助けをしてくれていました。
二代目は、まだまだですが、
それでも彼なりに、私のことを支えてくれています。
身体表現性障害のある私にとっては
なくてはならない存在です。

日本ではやはり犬猫は所詮愛玩でしかないのか…?
飼う 飼われる の関係だけでしかないのか…


いま、私にできること
私なりにやっています。
小さなことだけど がんばっています。
http://cafe-de-light.muse.bindsite.jp/

犬猫と生活していた人にとっては
人間じゃなくても「家族」
しかし、世間一般ではまだまだそんな認識は遠いようです。

各地で犬猫を手放さずに被災した人が避難できるように
みんなが少しずつがんばっています。

私も 犬と生活しているひとりとして
できることをやっていきたいと思います。

金がある人は金を 力のある人は力を
何も持っていない人は元気を出せ

最近 あちこちのブログで見かける言葉です。

日本は、犬猫を食べる時代は終わった。
犬猫を残飯整理に飼うことも終わった。
ファションとして飼うことも終わりにしてもらいたい。
災害救助犬 盲導犬 聴導犬 介助犬 ヘルパー犬 セラピー犬
仕事を持って活躍している犬もたくさんいます。

もし、この記事を見てくださって
少しでも協力してくださる方がいらっしゃるならば
力を貸してください。

よろしくお願いします。

posted by Shara at 23:28| Comment(2) | TrackBack(0) | Best Partner | 更新情報をチェックする

2011年03月10日

たまにはこんな日も

2011030808.jpg

先日 オープンカフェでお茶をいただきました。
みなさんからのたくさんのコメントを思い出しながら。

記事にすれば きっとみなさん心配するだろうと思いました。
でも、私は自分史の中の事実として、思ったことは記しておこうと
そう思ったのです。
別に簡単に生きることをあきらめるつもりはないのですが、
いつ何が起こるかわかりませんし…

来月からは大学病院に転院。
ひょっとしたら治験協力依頼もあるかもしれません。
私は、治験にはなるべく協力しようと思っています。
それで、今後私のような辛さを味わう人が減るのなら
それでも私が生きてきた意味もあるものです。
こんなに薬漬けの身体ですから、臓器はあまり役に立てそうもないし…

2011030809.jpg

カフェでお茶を飲みながらいろいろ考えたり
1日の終わりをおいしいお茶で終わらせること

考えてみれば3年前までは、日常のことでした。

それが今ではほとんどなくなってしまいました。

一太郎さんと一緒に いろんな場所にでかけて
同じものを見て くつろいで…
今 同じことを二代目のわんたろさんにしてあげられないことが
なんとなく残念です。


これから少しでも病状がよくなって
あちこちに出かけられるようになったらいいなぁ…

それよりも何よりも
こうやって外の空気にふれながら
おいしいお茶をいただくということが
私にとって 本当はいちばんのリラックスなのかな…

そんなことを考えました。
posted by Shara at 02:11| Comment(1) | TrackBack(0) | I think so… | 更新情報をチェックする

2011年03月07日

涙の訳

本当に久しぶりの更新です。
春になったら、また昔のように更新しても
大丈夫かなぁと思ってもいますが、
まだ少し怖い部分もあります。

元からの事故の後遺症だけでも辛かったのに
ストーカー事件に巻き込まれて
このブログも、なかなか自由に更新出来ない日々が続いていました。

もうすぐ一太郎さんの一周忌が近いのもあって
心が沈むことがあります。
いつも一緒だった一太郎さん。
事件のときも、身を呈して守ってくれた一太郎さん…
二代目は当たり前のように私の傍にいてくれて
まるで初代の教えを守っているかのようですが、

それでも、私は一太郎さんを思い出します。

決して二代目の一太郎さんが頼りない訳ではありません。
ただ、多分 私の病気が少し芳しくないから
それで思い出すのかもしれません。

日に日に自由がきかなくなっていく身体には
大量の薬が必要で、
時々、東京にいた頃のように、
医療用麻薬に頼り切ってしまった方がどれだけ楽かと
そんなことを考えるようになってしまいました。
1日 また1日と日々を送るにつれて
最近は悪化をたどっています。
4月からは大学病院への転院も決まりました。

今 私ができることといえば
初代 二代目への感謝の気持ちとして
初代宛に頂いたおやつやごはんのお供えを
定期的に愛護センターに寄付することくらいです。

PTSDの再発 左側頭部から肩にかけての筋肉の硬直
だいたいの闘病者は一度は思うことですが、
何のために生きているのだろう
そう思いはじめました。

自分の貯蓄だけでは生活も危うくなり
両親に頭を下げました。
自活出来ていたのができなくなるという屈辱。
そして、
「お金を出してあげてるんだから言うことくらい素直に聞きなさい!」
という両親の言葉。

今の私は 生きているのではなく
もはや 生かされているのではないのかとさえ錯覚してしまいます。

生きているのは意味があるから
前に進もうと励むから
だけど 今の私は このままだと親の言いなりにならざるを得ません。
やりたいことも思う存分できず、ただ生きているだけ
それでも 私は生きているといえるのでしょうか?

2011030601.jpg


今日、初代を天国に送ってもらったお寺の本堂に
しばらくお祈りをしていました。
二代目の一太郎さんも一緒でした。

2011030602.jpg


ふと見ると
一太郎さんは涙をこぼしていました。
私との生活が苦痛なのかもしれません。
もちろん初代と比較したことなどありません。
今の一太郎さんは、とても私の支えになってくれています。

でも両親は言います。
「もっといいところにもらわれていたら
たくさんいろんなところに行けただろうに
わんたは可哀想だね…」
私も胸が痛みます。

2011030603.jpg


最近 私はどこに逃げて
どこで教えを乞うたらよいのか
そればかりを考えている気がします。

私の身体のためには一太郎が傍にいて
焦らせないようなプレッシャーを与えないような環境が
いちばん精神的だけでも楽になれるそうです。
精神的に楽になれば、自ずと身体のことも考えられるのだそうです。

周囲に理解されない苦しみと
国や行政の助けもない不安の中
一太郎さんが流した涙の意味をすこし考えてしまいました。

一太郎さんは もっと普通のしあわせな家庭に行きたかったのか…
それとも
どうにもならない歯痒さ故の涙だったのか…
私にはわかりません。

そしてまた 私自身も思うことがあります。
九州に戻って、劇場を立ち上げた時点で
私の生きている間のお役目は終わってしまってのではないのかと。
それをだらだらと生きながらえているから
病状は悪化し、両親にも迷惑をかけ、一太郎を悲しませている…
そんな気がしてならないのです。

私の生きているにあたってのお役目
まだあるのかなぁ…
あるのなら それは何だろうなぁ…
今日は真剣に考えてしまいました。
posted by Shara at 01:00| Comment(5) | TrackBack(0) | I think so… | 更新情報をチェックする
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